研究テーマを説明したとき、上司からこう言われたことはないでしょうか。
「それで、何がわかるの?」
「技術的に面白いのはわかるけど、会社にとって何の価値があるの?」
「何に使えるの?」
企業研究者にとって、この問いはかなり苦しいものです。
自分では面白いと思っている。
技術的にも新しさがある。
実験すれば、何かが見えてきそうな気もする。
それでも、聞き手に伝わらないことがあります。
理由はシンプルです。
研究テーマが、まだ「仮説」になっていないからです。
企業研究で必要な仮説とは、単なる思いつきではありません。
顧客課題
技術
会社の価値
最初の検証
この4つがつながっている説明です。
この記事では、企業研究者が研究テーマを「会社の価値につながる仮説」に変える方法を解説します。
読み終えるころには、研究テーマを上司や事業部に説明しやすくなり、技術の面白さを会社の価値に変換しやすくなるはずです。
※研究テーマの決め方については、前回の記事
【企業研究者】研究テーマの決め方|面白さを会社の価値に変える構想力| 企業研究者の価値創出スキル#2
で解説しています。本記事では、その次の段階として、決めた研究テーマを仮説に変える方法を扱います。
研究テーマは、仮説になって初めて前に進む
研究テーマは、決めただけではまだ弱いです。
企業研究では、研究テーマを「検証できる仮説」に変える必要があります。
なぜなら、テーマだけでは「何を明らかにするのか」「何の価値につながるのか」「最初にどの実験をすべきか」が曖昧なままだからです。
たとえば、次のような説明です。
研究の入口としては、これでもよいかもしれません。
しかし、企業研究の仮説としては弱いです。
「何か」とは何か。
「性能」とはどの性能か。
「どのくらい」上がるのか。
「面白い」とは、何がどう面白いのか。
「他社がやっているから、なぜ当社もやる必要があるのか」。
ここが見えないと、聞き手の頭の中に浮かぶイメージはバラバラになります。
研究者本人は、大きな可能性を見ている。
しかし、上司や事業部には「結局、何をしたいのか」が伝わらない。
このズレを埋めるのが、仮説です。
企業研究の仮説は、4つの要素で考える
企業研究における仮説とは、顧客課題・技術・事業価値・検証可能性をつなぐ説明です。
学術研究であれば、
「この現象はこういうメカニズムで起きているのではないか」
という仮説でも成立します。
もちろん、企業研究でも科学的な仮説は重要です。
ただし、企業研究ではそれだけでは足りません。
企業研究では、少なくとも次の4つをつなげる必要があります。
1つ目は、顧客課題仮説です。
誰の、どんな課題を解決するのか。
2つ目は、技術仮説です。
自社のどの技術、知見、設備、データを使えば解決できるのか。
3つ目は、価値仮説です。
解決できた場合、会社にどんな価値が生まれるのか。
4つ目は、検証仮説です。
最初に何を確認できれば、前に進めると言えるのか。
ただし、必ず顧客課題から考えなければいけないわけではありません。
技術起点でもよい。現象起点でもよい。事業課題起点でもよい。
大切なのは、どこから入るかではありません。
その仮説が、企業価値につながることを説得力を持って説明できるかです。

研究仮説の立て方は「何が、どのくらい、なぜ価値になるか」で考える
強い研究仮説には、課題・技術・変化・価値が入っています。
なぜなら、聞き手は「面白いかどうか」だけでなく、
「会社として取り組む意味があるか」を見ているからです。
顧客課題起点なら、次のように考えます。
「〇〇という顧客課題に対して、自社の△△技術を使えば、□□を改善できる可能性がある」
既存製品の改善であれば、こうです。
「既存製品で課題となっている〇〇を、△△技術で解決できれば、□□市場で差別化できる可能性がある」
現象起点なら、こういう形もあります。
「〇〇現象を制御できれば、△△性能が向上し、□□の事業価値につながる可能性がある」
このように書くと、単なる「面白そうな研究」から一段進みます。
何を解決したいのか。
どの技術を使うのか。
何が変わるのか。
それが会社にとって、どんな意味を持つのか。
ここまで見えると、上司や事業部も議論しやすくなります。
弱い仮説と強い仮説の違い
企業研究では、「何となく可能性がある」だけでは仮説として弱いです。
聞き手が知りたいのは、技術のすごさだけではありません。
その技術によって何が変わり、会社や顧客にどんな価値が生まれるのかです。
| 弱い仮説 | 何が弱いか | 強い仮説への変換 |
| この素材は新規性があり、何かに使える可能性がある | 「何か」が曖昧で、用途が見えない | 〇〇用途で、△△課題を改善できる可能性がある |
| この技術を使えば、性能が上がるかもしれない | どの性能が、どのくらい上がるのか不明 | 〇〇性能を約△%改善できる可能性がある |
| この現象は面白いので、詳しく調べたい | 面白さと会社の価値がつながっていない | 〇〇現象を制御できれば、□□価値につながる可能性がある |
| 他社もやっているので、自社でも研究すべき | なぜ自社がやるのかが弱い | 自社の△△技術を使えば、□□で差別化できる可能性がある |
たとえば、既存製品で「保管中に品質がばらつく」という課題があったとします。
このとき、
「新しい素材を使えば、品質が良くなるかもしれません」
では弱いです。
聞き手はこう思います。
「品質とは何の品質か」
「どのくらい良くなるのか」
「それは顧客にとって重要なのか」
「会社にとってどんな価値があるのか」
これを、少し強い仮説に変えてみます。
「保管中に発生する品質ばらつきに対して、自社の〇〇制御技術を使えば、品質低下を30%程度抑えられる可能性があります。これにより、返品やクレーム対応コストを年間数百万円規模で減らせるかもしれません」
まだ粗い仮説です。
数字も正確ではないかもしれません。
それでも、「何が」「どのくらい」「どんな価値に」つながるのかが見えます。
この差は大きいです。
研究テーマ会議で聞き手が知りたいのは、「すごそうな技術」だけではありません。
その技術を使うと何が変わり、その変化が会社や顧客にとってどんな意味を持つのか。
そこまで見えて初めて、研究テーマは議論の土台に乗ります。
企業価値は、できるだけ数字で語る
企業研究の仮説では、価値をできるだけ定量化した方が説得力が高まります。
「価値がありそうです」だけでは、聞き手は判断しにくいからです。
一方で、数字があると、研究テーマの大きさや優先順位を議論しやすくなります。
もちろん、研究の初期段階では正確な数字が出せないことも多いです。
むしろ、正確な数字など出せないことの方が普通かもしれません。
それでも、ざっくりでよいので置いてみる。
コストが何%下がりそうか。
歩留まりがどの程度改善しそうか。
作業時間がどれくらい減りそうか。
不良やクレームがどれくらい減りそうか。
製品寿命がどの程度延びそうか。
市場規模に対して、どのくらいの売上機会がありそうか。
正確な数字がなければ、フェルミ推定でもよいと思います。
「年間〇〇個売れている製品で、△%の不良があり、それを半分にできるなら、どれくらいの価値になるか」
と粗く置いてみる。
この数字は、最初から正解である必要はありません。
大切なのは、価値を数字で考えようとすることです。
数字にして初めて、仮説の大きさが見えます。
仮説は現実的な課題解決でも、壮大な夢物語でもよい
企業研究の仮説は、現実的な課題解決でもよいです。
一方で、時には壮大な夢物語でもよいと思います。
既存製品の性能を少し上げる。
品質のばらつきを減らす。
コストを下げる。
工程を安定化する。
こうした現実的な課題解決は、会社にとって重要です。
一方で、研究にはもっと大きな構想も必要です。
こういう少し大きな話も、研究開発には必要です。
ただし、夢物語を夢物語のまま話すと、聞き手は困ります。
「それはすごいけど、本当にできるの?」
「なぜ当社がやるの?」
「最初に何を確かめるの?」
こう聞かれたときに、何も答えられないと弱い。
大きく構想することは悪くありません。
むしろ、企業研究者には必要です。
ただし、大きな構想を仮説に変える必要があります。
そして、仮説に変えたら、最初の小さな検証に落とす必要があります。
面白さだけで進めると、最後は自分が苦しくなる
技術的な面白さだけで研究を進めると、最後は研究者自身が苦しくなることがあります。
理由はシンプルです。
何のために研究しているのか、目の前の実験が何につながるのかが見えなくなるからです。
企業研究では、実験そのものが目的化してしまうことがあります。
新しい現象を見つけたい。
面白いデータを出したい。
技術的に深掘りしたい。
研究者としては自然な感覚です。
私も、その気持ちはよくわかります。
しかし、価値への接続が弱いまま進めると、途中で行き詰まります。
「この実験は、何のためにやっているのか」
「この結果が出たら、何が前に進むのか」
「この研究は、誰にとって価値があるのか」
この問いが甘いと、研究テーマは迷走します。
実際、私自身もこの問いが甘く、何のためにやっているのかが見えなくなり、うまくいかなかった経験が何度かあります。
実験データは増えているのに、研究テーマとしてどこに向かっているのかを説明できず、報告会のたびに苦しくなったこともありました。
研究の面白さは大切です。
しかし、面白さだけでは企業研究は続きません。
シンプルなことですが、簡単なことではありません。
研究テーマを仮説に変える5つの問い
研究テーマを仮説に変えるには、次の5つの問いで整理するとよいです。
この5つに答えられると、研究テーマはかなり説明しやすくなります。
特に大事なのは、5つ目です。
大きな仮説を語ることは大切です。
しかし、最初の実験は小さくてよい。
むしろ、最初から大きすぎる実験を組むと、失敗したときに何が悪かったのかわからなくなります。
だからこそ、仮説は大きく、検証は小さく始める。
これが企業研究を前に進めるうえで重要です。
※実験結果から何が言えて、何が言えないのかを整理する考え方は、論文のDiscussionにも通じます。
詳しくは
【社会人博士】論文のDiscussionの書き方|推論しすぎずResultsから考察を組み立てる方法| 社会人博士(論文博士)ロードマップ#16
でも解説しています。
まとめ
企業研究では、研究テーマを決めただけではまだ不十分です。
大切なのは、そのテーマを仮説に変えることです。
仮説には、顧客課題、技術、事業価値、検証可能性が必要です。
そして、できれば価値を定量化する。
正確な数字が出せない場合でも、フェルミ推定などでざっくり見積もる。
技術的に面白い研究は大切です。
しかし、面白さだけで進めると、最後は自分自身が苦しくなることがあります。
この研究は、何のためにやるのか。
目の前の実験は、何を確かめるために行うのか。
その結果は、会社や顧客にどんな価値をもたらすのか。
この問いを持ち続けることが、企業研究者の構想力です。
企業研究者に必要な4つの力については、
研究力だけでは足りない|会社で価値を生む4つの力| 企業研究者の価値創出スキル#1
で整理しています。
今回の記事は、その中の「構想する力」を深掘りする内容です。

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