会議で研究結果を説明したのに、反応が薄い。
技術的には面白いはずなのに、開発や営業に響かない。
上司から「それで、何に使えるの?」と聞かれる。
企業研究者として働いていると、こんな場面があります。
実験はしている。
データも出している。
専門知識もある。
それなのに、会社への貢献が見えにくい。
この違和感は、企業研究者にとってかなり重要です。
なぜなら、企業研究者に必要なスキルは、研究力だけではないからです。
もちろん、実験力、専門知識、論文を読む力、データを解釈する力は重要です。
しかし、企業で研究する以上、研究成果は最終的に会社の価値につながる必要があります。
この記事では、企業研究者に必要なスキルを、単なる「英語力」「統計力」「プレゼン力」といった個別スキルではなく、研究を会社の価値に変えるための全体像として整理します。
結論から言えば、企業研究者に必要なのは次の4つの力です。
これは、これから始まる「企業研究者の価値創出スキル」シリーズの全体像でもあります。

「社会人博士(論文博士)ロードマップ」シリーズでは、社会人博士、論文執筆、学会発表、査読対応、Reject対応、博士号取得後の外部評価について書いてきました。
「企業研究者の価値創出スキル」シリーズでは、その次の段階として、企業研究者が会社の中でどのように価値を生み出すかを考えていきます。
企業研究者に必要なスキルは「研究力」だけではない
企業研究者に必要なスキルは、研究力だけではありません。
研究力は前提です。
これでは研究者として仕事を進めることはできません。
しかし、企業研究者は大学や公的研究機関の研究者とは立場が違います。
企業の研究は、会社の資源を使って行われます。
研究費、設備、人員、時間。すべて会社の投資です。
そのため、企業研究者には「良い研究をした」で終わらず、
その研究が会社のどのような価値につながるのかを示す力が必要になります。
例えば、
この状態では、研究成果は会社の中で動きません。
研究として意味がないわけではありません。
しかし、会社における価値は小さくなってしまいます。
企業研究者に必要なのは、研究成果を出す力だけではありません。
研究成果を、顧客価値、商品価値、事業価値、企業価値へ変えていく力です。
研究所の存在意義を問われたことがある
私自身、研究を会社の価値として説明する難しさを痛感した経験があります。
あるプロジェクトで出会った社内の営業の方に、自分の研究の話をしたことがありました。
私は、研究者としてはそれなりに意味のある話をしているつもりでした。
しかし、その方にはうまく理解してもらえませんでした。
それどころか、研究所の存在意義そのものを問われました。
研究はお金がかかります。
実験に使う費用だけではありません。
人件費、設備費、維持費、時間。
それらを含めると、かなり大きなコストになります。
そのコストを上回るリターンがあれば、研究の価値は説明できます。
しかし、当時の私は、そこに対して明確な答えを返すことができませんでした。
悔しかったです。
研究者としては、自分たちは一生懸命やっている。
技術的にも意味がある。
将来につながる可能性もある。
そう思っていました。
しかし、会社の中では、それだけでは十分ではありません。
「この研究は、何の価値を生むのか」
「どれだけのコストに見合うリターンがあるのか」
「顧客や事業にどうつながるのか」
そこまで説明できなければ、研究の価値は伝わらないのだと痛感しました。
企業研究者は、研究の中身だけでなく、研究の意味を説明できなければなりません。
そして、その説明は研究者同士に通じる言葉ではなく、会社の中の人に伝わる言葉である必要があります。
メーカーの研究部門は、まだ世の中にない価値を生み出せる
ただし、企業研究を「コストが高いから価値を示さなければならない」という話だけで終わらせると、少し息苦しくなります。
企業研究には、もっと大きな魅力があります。
メーカーで考えた場合、研究部門の魅力は、まだ世の中にないものを自社技術で生み出せるところにあります。
もちろん、どの部署でもイノベーションは可能です。
営業は顧客の声を拾います。
企画は市場を見ます。
開発は商品を形にします。
工場は安定して大量に作ります。
マーケティングは価値の伝え方を考えます。
それぞれが重要な役割を持っています。
しかし、自社の技術を起点に、今は世の中にないけれど、顧客が本当は望んでいるものを作り出す。これは、研究部門だからこそ担いやすい役割です。
これは、企業研究者の仕事の面白さです。
だからこそ、研究者は研究室の中だけに閉じていてはいけません。
自分の技術が、誰のどんな困りごとを解決するのか。
どの部署と組めば形になるのか。
どう伝えれば相手が動くのか。
そこまで考えて初めて、研究は会社の価値に近づいていきます。
研究の世界は、思っている以上に狭くなりやすい
研究者は、研究の世界だけで物事を見てしまいやすいです。
これは能力の問題ではありません。
毎日、実験、データ、論文、技術課題に向き合っていると、自然とそうなります。
私自身、商品開発プロジェクトに参加したとき、そのことを強く感じました。
そのプロジェクトでは、研究部門だけでなく、工場、開発部門、営業、マーケティング、商品企画、本社の間接部門、さらには社外の方まで関わっていました。
同じ会社にいても、見ているものがまったく違います。
| 部門 | 主に見ているもの |
|---|---|
| 研究 | 技術的な新規性、データ、再現性 |
| 商品企画 | 顧客が何を望んでいるか |
| 開発 | アイデアを具体的な商品にできるか |
| 工場 | 安定して大量に作れるか |
| 営業 | 顧客にどう伝え、どう売るか |
| マーケティング | 商品価値をどう見せるか |
どれも大切です。
しかし、見ている景色はかなり違います。
この違いを知らないまま研究を進めると、研究者は自分たちの世界に閉じてしまいます。
その原因は、
技術そのものではなく、研究者が他部門の視点を理解していないことにある場合もあります。
研究を価値に変える第一歩は、研究者以外の視点を知ることです。
プレゼン力は、きれいな資料を作る力ではない
商品開発プロジェクトで特に学びが大きかったのは、プレゼンの本質です。
研究者のプレゼンは、どうしても技術的な内容に偏りがちです。
データを説明する。条件を説明する。メカニズムを説明する。論文との違いを説明する。
もちろん、それは必要です。
しかし、聞き手が知りたいことは、必ずしもそこだけではありません。
研究者としては「このデータは面白い」と思って説明している。
しかし、営業の人から見ると「それで、お客様には何と言えばいいのか」が見えていない。
このズレに気づいたとき、私は研究者の説明が、思っていた以上に研究者向けだったことを実感しました。
プレゼンの目的は、詳しく説明することではありません。
聞き手に理解してもらうこと。
興味を持ってもらうこと。
そして、行動に移してもらうことです。
この点で、営業プレゼンと研究プレゼンの本質は同じです。
営業の人はプレゼンが上手いです。
なぜなら、相手に買ってもらわなければ仕事にならないからです。
研究者も同じです。
研究内容を理解してもらえなければ、次の検討に進みません。
興味を持ってもらえなければ、予算も人も動きません。
行動してもらえなければ、研究成果は会社の中で止まります。
企業研究者に必要なプレゼン力とは、きれいなスライドを作る力ではありません。
相手を理解し、相手が動ける形に変えて伝える力です。
「企業研究者の価値創出スキル」シリーズで扱う、企業研究者に必要な4つの力
「企業研究者の価値創出スキル」シリーズでは、企業研究者に必要なスキルを、次の4つの力として整理します。
1. 構想する力
構想する力とは、何を研究すべきかを考える力です。
企業研究では、研究テーマを実験室の中だけで決めることはできません。
そうした情報をつなぎながら、研究テーマを考える必要があります。
研究テーマは、ただ与えられるものではありません。
企業研究者は、自分で問いを作る力を持つ必要があります。
2. 検証する力
検証する力とは、大きな構想を小さな仮説に落とし、データで確かめる力です。
大きなアイデアは魅力的です。
しかし、いきなり大きく進めると失敗も大きくなります。
だからこそ、小さく試すことが重要です。
思いつきで終わらせず、根拠で固める。
これが企業研究者の検証する力です。
3. 推進する力
推進する力とは、人を巻き込み、研究を前に進める力です。
企業研究は、一人では完結しません。
開発、工場、営業、企画、マーケティング、本社部門、社外関係者など、多くの人と関わります。
そのとき、研究者の言葉だけで話しても伝わりません。
企業研究者には、アピールする力が必要です。
4. 成果に変える力
成果に変える力とは、研究結果を会社の価値につなげる力です。
論文、特許、学会発表は重要です。
しかし、企業研究者としては、それだけで終わりではありません。
研究成果は、出した瞬間に価値になるわけではありません。
使われて初めて、会社の価値になります。
企業研究者のスキルとは、個別能力の寄せ集めではありません。
研究を価値に変えるための一連の力です。
「社会人博士(論文博士)ロードマップ」シリーズとの違い|論文を書く力から、価値を生む力へ
「社会人博士(論文博士)ロードマップ」シリーズでは、社会人博士や論文執筆を中心に書いてきました。
たとえば、社会人博士の進め方、英語論文の書き方、図表の作り方、査読対応、Reject後の再投稿、Review論文、Impact Factorや被引用数、博士号取得後の外部評価について整理してきました。
※参考記事:
社会人でも博士号は取得できる|論文ゼロから論文博士を取得した私のロードマップ| 社会人博士(論文博士)ロードマップ#1
社会人博士(論文博士)に学会発表は必要?企業研究者が博士号取得に近づくために得られる3つの力| 社会人博士(論文博士)ロードマップ#5
【実体験】論文博士に必要な論文数は何本?筆頭著者4報で博士号を取得した私が伝えたいこと | 社会人博士(論文博士)ロードマップ#9
【社会人博士・企業研究者向け】投稿論文は何から書く?論文執筆の全体像を解説| 社会人博士(論文博士)ロードマップ#12
論文を書く力は、研究者として外部から評価されるための重要な土台です。
博士号も、学会発表も、特許も、研究者としての信用を作る大切な実績です。
しかし、企業研究者として働く以上、それだけでは十分ではありません。
会社の中で価値を生むには、研究成果を周囲に伝え、他部門とつなぎ、顧客価値や事業価値に変えていく必要があります。
論文を書ける研究者から、価値を生む研究者へ。
「企業研究者の価値創出スキル」では、そのために必要な考え方を整理していきます。
企業研究者のスキルは、実践の中で鍛えられる
企業研究者に必要なスキルは、座学だけでは身につきにくいです。
もちろん、研修にも意味はあります。
知識を整理したり、考え方を学んだりする機会にはなります。
ただ、私個人としては、集合型研修や詰め込み型研修があまり得意ではありませんでした。
教科書を読み、架空の題材をもとに、みんなで考えましょう。
そう言われても、なかなか本気で考えられない。
本気で考えられるのは、本気のフィールドにいるときです。
実際の商品開発プロジェクトでは、顧客がいて、社内の関係者がいて、期限があり、判断があり、失敗すれば影響があります。
企業研究者のスキルは、実践の中で鍛えられます。
研究室の外に出る。
他部門と話す。
顧客の視点を知る。
自分の研究を、相手が動ける言葉に変える。
その積み重ねが、企業研究者としての成長につながります。
まとめ|企業研究者は、研究を価値に変える仕事である
企業研究者に必要なスキルは、研究力だけではありません。
研究力は大切です。
しかし、それは出発点です。
企業研究者には、研究を会社の価値に変える力が必要です。
研究はお金がかかります。
だからこそ、研究者は「何を見つけたか」だけでなく、「それが何の価値になるのか」まで語らなければなりません。
メーカーの研究部門には、まだ世の中にないものを自社技術で生み出せる魅力があります。
しかし、その魅力は、研究室の中だけでは価値になりません。
顧客に届く。
商品になる。
技術基盤になる。
事業につながる。
社内の意思決定を動かす。
そこまで進んで初めて、研究は企業の価値になります。
そのために必要なのが、次の4つの力です。
「企業研究者の価値創出スキル」シリーズでは、この4つの力を順番に解説していきます。
次回は、1つ目の「構想する力」について書きます。
研究テーマは、ただ与えられるものではありません。
企業研究者は、自分で問いを作り、価値につながる研究テーマを構想する必要があります。

コメント